かぜ・そら・とりのブログ

気ままに、のんびり。

あだんが浜の桜貝

父の転勤で小学校の4年生から卒業まで海辺の田舎町に住んでいた。

 

家から少し歩いたところに「あだんが浜」があった。本当にそんな地名だったかはわからない。子どもたちが「あたしたちの浜」という意味で単にそう呼んでいただけかもしれない。

 

浜の横を通る道沿い、道を隔てて海を臨む場所に、こんもりと茂った樹々にかくれるようにして大きな洋館があった。黒い屋根の古い家が多い漁師町の中で、少し異質なたたずまいのその建物は、個人病院か何かだった。その建物の正面は道の向こうにテトラポットが並んでいたが、少し先へ行くと浜への入口があった。

 

あだんが浜は小さな白い砂浜だった。バスで15分ほど行ったところにある浜は薄茶色の砂なのに不思議だった。海水浴場というしつらえはないが夏には泳いだり、掘るとアサリ貝もいた。

 

砂の表面には小さな巻き貝の殻などに混じって、桜貝の殻がたくさんあった。ついぞ生きているものは一度も見たことがないが、艶やかな桃色をした薄いガラスの花びらのような貝殻だ。

指で押さえると簡単にぱりと割れた。だが、大小の完全な形を残したものも少なくなくて、拾って帰っていた。

何度もたくさん拾って持って帰ったばずなのに、引っ越しの時に捨ててしまったのか手元には残っていない。

 

住んでいた3年の間に、あだんが浜は埋め立てられた。あるとき、海の中に真っ直ぐな堤防が作られて、白い砂浜は海から切り離された。その後、あっという間に桜貝の繊細な美しい貝殻は茶色い土砂の下深くに埋められた。美しいお気に入りの場所が消えてしまった。

 

その土地に小学校の卒業までいて、元いた市内の家に戻った。自分本位で不遜な子どもだった私は中学生になった。時折、海辺の町や、埋め立てられてしまったあだんが浜や桜貝のことを思った。「私はあの土地で自然の美しさに触れたのだ。自然への畏敬を知ったのだ」という思いが、明確に強く意識に刻まれていた。

少し大人になっていた。

 

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