雨の朝だ。けっこう降っている。木々の葉を打つ音や不思議な薄暗さに誘われて、目の前にずっと昔の記憶が現れる。
たぶん小学校2年生くらいの頃。透明のビニールに赤い花模様がプリントされた可愛いカッパをもっていた。小さく畳んでいたものを、いざ雨が降って広げるとき、ごわごわとビニールどおしがくっついて、ちょっと使いづらかったように思う。でも、ビニールの匂いと、赤い花の模様がどこか特別な感じがして好きだった。
ひどい雨の朝、同級生の林さんは、お父さんのものと思われる赤茶色の大きな布製のカッパを、頭からランドセル、足元まですっぽり覆うように着ていた。
あまりに大きなサイズが不格好で、誰かがからかう。お気に入りの花柄のカッパにご満悦の私も、林さんの姿に心で嘲笑する側の子どもだった。
林さんの雨に濡れた茶色がかったくせ毛、大きな瞳、しっかりと上を向いた長いまつ毛、少し青ざめて大人びた小さな白い顔。
ごった返す下駄箱の横で、先生が、無表情な林さんの大きなカッパを脱がせるのを手伝っていた。
夢、みたいだ。
切れ切れのストーリー、部分的な背景、クローズアップされるパーツ、毎回同じ場面。思い出すと胸が苦しくなる。
確か林さんのうちは、家族でやっている古い小さな商店だった。林さんは末っ子だったのだろうか。ご両親は年がいっているように見えた。あの日は、お父さんがひどい雨を心配して自分のカッパを着せたのかもしれない。前のホックを留めて、さあ、これなら濡れないよ、気をつけて行っておいで、と雨の中に送り出したのだろう。
あの時の林さんに会いたい。ランドセルまですっぽり覆って足元まで隠れるカッパ、とても素敵だよって言いたい。
そして、人と違った格好を笑われても、素直に親の愛情を受け止める林さんを、羨ましく思うよ、って。